地域コミュニティの必要性とコミュニティの成長

現代社会で個人主義が広まった結果、人間関係が希薄化したことの弊害は多くの人が自覚している。それにも拘らず地域社会でも個人主義の大勢は今も変わらない。弊害を自覚することは改善の条件だろうが、それだけではコミュニティは成長しそうにない。住民同士の助け合いの必要性が明らかになって、その必要に応える地域社会を創れば、地域コミュニティの創出に近づくだろう。地域社会の見守り活動や助け合い活動によって、地域コミュニティづくりが多少は進むだろう。いつ起きるかも知れない大地震、その震災時の救出や助け合い、超高齢化社会における見守りや生活支援などの助け合いなど、地域社会の人びとによる助け合いの必要が増している時代に、私たちは生きている。例えば、認知症で行方不明になった人びとは4年連続で最多を更新して、昨年2016年には約1万5千人であったことが最近報道された。

地域コミュニティの創出は楽しい地域行事によって進めることもできる。例えば、町内会が主催する親睦行事を楽しみながら、地域の人びとが人間関係を確認しあるいは新たな関係が生まれて、コミュニティが成長する。地域の祭りは住民がそれぞれの役割を果たして実現する。住民間の親睦が目的であるが、祭りを準備し実行する種々の役割を住民が演じる過程で、彼らの関係を維持することが実は隠れた目的だろう。その社会関係の維持が住民の日常の生活や災害時の助け合いに貢献する。昔から、祭りや行事の実施は人間関係を維持する仕掛けであるように思う。逆に言えば祭り行事が途絶えると、人間関係が希薄化して助け合いが廃れて、人びとの生活に不便が生じ支障をきたす。人間関係の希薄化と行事が途絶える因果関係は鶏と卵のようである。

従って、地域のコミュニティづくりの必要性を自覚すれば、自然にコミュニティが創出されるというものではなく、現実に人びとが地域生活の中で互いに係り合う必要と具体的な行動によって、地域コミュニティが創出され成長するのだろう。つまりコミュニティづくりの観念ではなく、人びとの助け合いや互いの役割を演ずるという生活上の実践が必要であると私は思っている。(中島正博)

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