広島の「ばっちゃん」、中本忠子さんにお会いして

広島市で「ばっちゃん」と呼ばれている中本さんは、親からの虐待・ネグレクト・薬物・アルコール依存症等、様々な家庭の事情で食事がとれない子ども達に、広島市中区基町で、39年間、毎日、無償で食事を提供されています。23年間は一人でご自宅で、ほとんど自費で食事の提供をされてきました。現在はNPO法人「食べて語ろう会」理事として十数名のスタッフと活動されています。

39年前、保護司をしていた中本さんは、お腹がすいているからシンナーを吸う、という子どもたちのことを知り、ご飯を食べさせれば非行に走らないかもしれないと、食事を提供し始めました。すると、一人また一人と仲間を連れて来るようになりました。今は30人以上の子どもたちが食堂に来ています。毎日来る子も15人いるそうです。

中本さんは、早くにご主人を亡くし、子ども2人は両親に預け、1人の子どもと暮らしていました。暮らしは決して楽ではなく、親子の食事もままならない中でも、少年たちに食事の提供を続けました。それは、見て見ぬふりはできない、自分の子どもとよその子どもを分けて考えることができなかったからだ、と言われます。子どもの居場所を作り食事を与えることは、365日必要なことだったのです。

中本さんが、子ども達に守らせていることが3つあります。
一つは、時間を守ること。(時間にルーズな人は、信用されない。)
二つ目は、挨拶をすること。
三つ目は、うそをつかないこと。(正直に話してくれれば子どもを弁護できる。うそをつかれると、中本さんまで信用されなくなる。)

これらを守らせるだけで、中本さんは自分から子どもに、あれこれ聞いたりしないそうです。初めて来た子には名前さえ聞かない。話したくなったら、子どもの方から話す。それまで待つ。ただ、黙って食事を与える。回を重ねるうちに、自然にいろいろな話をするようになるのだそうです。

そして、話を聞く時も、上から目線はもちろんダメ。偉そうに言う人は子どもに嫌われる。
正論ばかり言って、真面目で厳しい人も子どもに避けられる。
子どもを指導しようとすると、子どもは逃げるそうです。子どもの声に耳を傾ける、それが大事と中本さんは言われます。

そうして関わってきた子ども達に再犯をする子どもはいないそうです。そればかりか、巣立って自立した子たちが、訪ねてきては少年たちに自分の経験を通して、いろいろな話をしてくれるそうです。やんちゃだった子どもたちが、立派な社会人として働き、家庭をもって幸せに暮らしている様子を語る中本さんの顔は、とても嬉しそうに輝いていました。
 
自分に何ができるか、何をしなければならないのか、考えさせられた時間でした。(中島敦子)

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