災害時の率先避難を実現する方法

今年も雨の季節に入りました。豪雨予報が出たら避難する準備が必要ですね。しかし避難所へ行くという「非日常」の行動は、なかなか選択肢に挙がらないことが経験的に多いようです。だから避難を誘導するために、例えば津波避難訓練アプリ「逃げトレ」やひろしま避難誘導アプリ「避難所へGo!」など、スマホを使って避難を促進する動きが最近広く見られます。今回の記事では、住まいの近隣などの人間関係を使って避難を勧める、「 #率先避難 」について改めてご紹介します。

事例:住民に呼びかけて避難する「率先避難」(2019年放送)2018年7月の西日本豪雨災害の際に、山口県の3地区では、身の危険を感じた人の半数が実際に避難しなかった。ところがいち早く非難した人がいる。岩国市周東町で一人暮らしをしている河口千代子さん。「まさかここが崩れるとは思わんかった」。土砂崩れが起きる前日、雨が降り続いていたが河口さんは避難するつもりはなかった。そんな河口さんの気持ちを変えたのが義理の息子の菊野良さん。「道路の擁壁の穴から水が車に当たるように出ていた。降り方が尋常ではない感じがした」と菊野さん。河口さんの家に向かい一緒に避難することを決めた。菊野さんがそう考えたのは2013年7月山口市と萩市で被害がでた豪雨を思い出したから。当時激しい雨が降り始めて、数時間で川が溢れ危険な状況になったことを、菊野さんは目の当たりにしていた。「先ず危険を感じる前に、避難ができる状態の時に避難することの大切さを感じた」。午後5時の周囲が明るいうちに河口さんは周南市の菊野さんの家に避難した。そのおよそ10時間後、近くで土石流が発生した。菊野さんの呼びかけで河口さんは難を逃れた。

先月下旬、山口県で住民の避難を促すための新たな取り組みが始まった。「山口県率先避難モデル事業」。「率先避難・呼びかけ避難を、地域に根ざした取り組みとして、定着させていきたい」。「 #率先避難 」とはいち早く逃げる人が、逃げる途中で周囲の住民に呼びかけ、一緒に避難する取り組み。柳井市で住民たちは率先避難の訓練を初めて行った。いち早く逃げる役割の西原さん。避難勧告の発表と同時に避難し始める。参加したのは西原さんの近所の4世帯。一軒一軒に電話をかけ避難を呼びかける。電話が繋がらなかった人には、家を訪れて避難を呼びかけた。その後一緒に避難場所へ向かう。西原さんが呼びかけたことで、一人ひとりの避難の意識が高まった。この訓練では課題も見えてきた。今回訓練に参加したのはわずか4世帯。80世帯ある自治会の全体に呼びかけが行き渡るのか不安が残った。「全地域が話し合っていかなくてはいけない」と住民。

率先避難を住民全体に広げた地域が愛媛県大洲市三善地区にある。この地区は去年(2018年)の豪雨の時に最大3.9メートルの高さに浸水したが住民全員が無事。住民の逃げ遅れを防いだカギとなったのは「避難カード」。この地区の自治会およそ270世帯すべてに避難カードが配布されている。カードには避難する場所やタイミングを各自で書き込むようになっている。中でも大きな特徴は「気にかける人」の記入欄。避難する際、誰に呼びかけるのか、事前に決めている。「これを作ったことによって、皆さんがいち早く地域に声かけをしながら、今回の避難行動もできたのではないかと思う」。避難カードを作り始めたのは3年前、住民同士で議論を重ねたワークショップの中で、呼びかける体制を作っていった。西日本豪雨の時(2018年7月)にはカードをもとにした率先避難の呼びかけが行われ、多くの住民が避難して全員が無事だった。「この地区ではみんなが声をかけ合ったから、避難時の集まりが良かった」と三善地区自治会長の窪田さん。(NHK動画リンク:「逃げ遅れを防ぐ『率先避難』」)

事例から分かること:山口県岩国市周東町の河口さんは、豪雨の初めの際に避難する気は全くなかったのですが、近親者に促されて避難しました。愛媛県大洲市三善地区の住民は、2018年の西日本豪雨の際、避難時に近隣住民に呼びかける活動が功を奏して、地区の全員が無事でした。但しその活動の準備段階には、住民同士で議論を重ねて「避難カード」を作成した「プロセス」がありました。「山口県率先避難モデル事業」では、柳井市で「呼びかけ」をする避難訓練をしたものの、参加住民は80世帯の内4世帯のみでした。この結果は、事前に住民を巻き込む「プロセス」を欠いたからだと思われます。

3つのいずれのケースでも「プロセス」で生まれる「人間関係」が大事であることが分かります。大洲市三善地区では住民同士で議論を重ねながら地区の中の人間関係が生まれ、そして避難時には「気にかける人」(=人間関係)に呼びかけをします。周東町の河口さんは義理の息子との人間関係によって避難しました。柳井市の避難訓練では事前の人間関係づくり(コミュニティ)がありませんでした。人間関係はプロセスの中で生まれるものす。そして人間関係は人の行動に大きく影響します。従って人間関係に働きかけることが、呼びかけや率先避難の強みだと思います。

呼びかけや率先避難が地域に定着すれば、それは大変強力な防災減災対策です。地域に定着するには住民間の話し合いや、定期的な避難訓練の実践が必要でしょう。そのような実践のプロセスを通して、防災活動がやっと「自分事」になるのだと思います。実践を通してできるコミュニティは、逃げ遅れのない避難のみならず、避難所での共同生活などにも繋がるので、災害関連死などを防ぐためにも必要です。さらにその後の地域の復旧・復興のための住民間の協力の際にも不可欠です。甚大な災害時には、行政は迅速な活動ができないことは多いですが、住民同士の助け合いは比較的直ぐに実現しやすいのです。災害時に地域コミュニティが大切な理由です。
上記の事例の記述は、NHK地域づくりアーカイブスの動画を再生し、その解説や会話の音声を筆者が文字化した文章を作成して、この記事に掲載しました。(中島正博)

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