
地震や洪水などの甚大な災害によって生業の基盤が破壊されます。今回は東日本大震災後の農業のなりわいの再建について紹介します。農業生産活動は仮設住宅などの避難者同士の繋がりと生きがいの源になりました。事例1は福島県川内村のもち米作り、事例2は福島市・浪江町のえごま油栽培の紹介です。
事例1:村の宝の餅文化の歴史を学び若者がもち米づくりを再開(2016年放送)今では村の大部分に人が住めるようになった福島県川内村。人口2700人の内、村に残ったのはおよそ6割でその多くは高齢者。2015年1月の「復興サポート」の会合では、川内村をどうしたら再生できるか話し合った。復興サポーターとして民俗研究家の結城さんを招いた。結城さんは主に東北の農村漁村を歩き、その土地ならではの宝物を見つけて、地域おこしを成功させてきた。結城さんは川内村で宝探しを始めた。代々米を作ってきた農家で特別な宝物をある農家の神棚に見つけた。季節ごとにすべての行事をノートに記録している。年に40回餅をつく。神棚には3段重ねの異なる形と意味の餅を供える。上は太陽、中は畑、下は田。自然の恵みへの感謝の思い。村のお餅の文化には歴史があった。
農家の秋元美譽さんは「代々米を作っているから、昔だって飢饉とか自然災害があった。俺の時には現代の原発事故があったが、先祖もいろんな苦労をして、俺に田畑を送ってくるわけだから、俺の代になって止めるわけにはいかない」と言う。復興サポートの会合があった後、村でもち米を作り始めたのは秋元活廣さん。原発事故の後、両親は米作りを止めていた。しかし災害を乗り越えてきた村の歴史を復興サポートの会で学び、もち米づくりを始めた。秋元さんは車で1時間余りのいわき市で、福島第一原発の廃炉作業の仕事をしている。幼い娘の健康を心配して村に戻っていない。
復興サポートの二回目の会合では、分子生物学者の河田昌東さんのもち米と放射性セシウムの話。福島の米は全量全袋検査で基準値以下であることを確認して出荷。震災直後のもち米を使ったデータを河田さんは示し、もち米に含まれる放射性セシウムは食べて全く問題がないレベル。10月、若い世代が集まって稲刈りをするのは初めて。12月、秋元さんのもち米で餅つきをして、鏡餅を作り、村から離れて暮らす人に届けることにした。(NHK動画リンク:「住民同士をつなぐふるさとの餅」)

事例2:エゴマを被災した町の未来を担う特産品に(2016年)福島県須賀川市で復興支援のための青空市場が開催された。石井絹江さんは福島第一原発の事故で、故郷の浪江町から避難し福島市で暮らしている。販売しているのは避難先で育てた野菜や果物、手作りのジャムなど。石井さんは避難先の福島市に食品の加工場を建てた。一緒に活動するのは避難先で知り合い、仲良くなった3人の女性たち。
浪江町は今も全町避難が続き、2万1千人の町民すべてが避難を余儀なくされている。震災でふさぎ込んでいた石井さんの転機は、自分と同じように避難生活を送る女性たちのグループと出会ったこと。石井さんはメンバーとともに畑を借りて、自分たちが作った野菜を売る活動を始めた。お客さんの笑顔で石井さんは元気を取り戻した。石井さんは福島市に1ヘクタールの農地を購入。野菜を育て加工販売まで自分たちでしている。すべての商品について放射能検査を行っている。
さらに今年、石井さんは新たな試みを始めた。浪江町にある20アールの畑にエゴマを作付けした。町役場から依頼され、浪江町特産のエゴマの実証栽培に取り組んでいる。エゴマは古くから浪江町で作られていた。食べると10年長生きするという言い伝えから「十年」と呼ばれ、餅にからめて食べられていた。絞った油から放射能は検出されなかった。
石井さんはエゴマを浪江町の未来を担う特産品にしたいと願っている。3年後に完成予定の道の駅に関する意見交換会が町役場で開催された。石井さんはエゴマを道の駅の主力商品にしたいと提案した。搾りたてのエゴマ油の味をみて欲しいと思って持ってきた。最近、健康に良いとして人気の高いエゴマ油。道の駅の商品に育つのではないかと前向きな意見が相次いだ。(NHK動画リンク:「避難生活から立ち上がる女性たちのエゴマ油」)
事例から分かること:2つの事例に共通する要素があります。復興や町おこしの特産物にしようと生産したのは地域の伝統的な産物でした。福島県川内村ではお餅、浪江町ではエゴマです。地域の文化に根付いていたものです。事例1では、昔から餅の文化とともに災害を乗り越えてきた、村の歴史を学んでもち米づくりを始めました。事例2の生産者たちは困難な避難生活を続ける中で、元気を取り戻そうとした女性の仲間たちでした。生産の動機は避難者たち自身の心のケアと密接に結びついていました。目的をもって共同で農業活動に励みながら、生き甲斐を取り戻したのです。
上記の事例1と2の記述は、NHK地域づくりアーカイブスの動画を再生し、その解説や会話の音声を筆者が文字化した文章を作成して、それをこの記事で読みやすくするために短縮して掲載しました。もとの長い文章はこちらに掲載しています。
(中島正博)