
『若者「ノーマスク怖い」』と題した中国新聞の記事(2021月12月6日)を目にしました。新たなコロナ禍がまた一つ現れました。それは「ノーマスク」が必要な環境で、コロナ感染のリスクを「怖れる」ことではありません。マスクが不要か安全な場合でも、マスクを付けて自分の容姿の不安から解放されたい、という心の禍のようです。新聞記事は次のようないくつかの例を紹介しています。
ある若い女性には、「マスク姿だと2割増しで美人に見える。外して幻滅されたくないんですよね。コロナ後も外すつもりはありません。デートで食事をしても、口元を見られるのが恥ずかしくて味を楽しめない。ノーマスクだと下着無しで外出しているようで落ち着かない。外で素顔をさらす勇気がない、一生マスクでいいです。」という。ネットではマスクを「顔パンツ」と表現する例もある。ある男子も中学のクラス替えの時期に風邪をひいて以来、年中「だてマスク」姿だ。男子生徒によると、他人から「表情を読み取られず、話したくないアピールにもなる。先生に怒られてもダメージが少ない」。ストレスが多い集団生活の中で、自分を楽にする仮面代わりだ。
情報インフラ会社のプラネットによると、調査した4千人のうち7割が条件付きで、「コロナ禍が落ち着いてもマスクを着用する」と答えて、着用したくない割合を上回っている。人との直接的なやりとりに苦手意識をもつSNS世代の「新たな現代病」の兆候かもしれない。「顔を覆って自己防衛し、コンプレックスや自信のなさをカバーするために、コロナ禍後にも『自主的マスク生活』が定着するかもしれません」とメンタルクリニックの医師は憂慮している。
中国新聞の記事は以上のような内容でした。若い人の心情は高齢男性の私でも理解できます。これらの心情は多少長く生きてきた人間として経験的に分かるし、多くの年配の人たちにも理解されるでしょう。やがてマスク不要の時代が来ても、若者「ノーマスク怖い」心情が存在したら、それは大変不幸です。他者の目に怯え、不安を覚える心情に人びとが支配されたら、幸せで楽しい社会は実現できません。今はマスクが必要な時代なので、マスクを付けないと他人の目も気になりますが、その時代はいずれ終わるでしょう。私自身登校児童の見守りをしていて、多くのマスク姿の児童と会います。しかし目だけが見える児童との交流を残念に感じています。私たちが幸せを感じるのは、リアルの人と人が会って理解し合えることではないでしょうか。今後、若者「ノーマスク怖い」社会にしないよう、年配の私たちも若い人の心の成長を温かく見守りたいと思います。
若い人たちも、若者「ノーマスク怖い」心理や感情に負けてはならないと思います。若くても年配でも、悩みやコンプレックスを持たない人は誰一人いません。また誰でも長所・短所を抱えながら生活しています。それらを自分の特徴と認識しているのだと思います。自己肯定は人が生きるために不可欠です。時には長所が短所になって表れ、短所が長所になって表れるのが生活の実情でしょう。広い意味で何かを隠したい「ノーマスク怖い」心理は人間から完全に消えることはないでしょうが、コロナ禍による「ノーマスク怖い」生活は年月を経て、問題では無くなることを願っています。(冒頭の新聞記事の若い女性と男性の発言は読み易いようにしました。)(中島正博)