過疎の課題に挑戦する島根県の試みを紹介した『関係人口をつくる』(田中輝美2017)を面白く読みました。私が学んだことを本書の内容に沿って紹介します。近年は地方の各県や市町村が人口減少対策として、移住者の呼び込みや定住の促進をしています。しかし日本の総人口が減少しているので、それは人口の奪い合い競争になってしまい、結果的に人口が増えた地域のプラスと減った地域のマイナスの合計はゼロです。日本全体としては空しいゼロサムゲームになります。そこで移住人口や定住人口を増やすこと自体を目的にするのではなく、「関係人口」を増やすべきであると主張しています。例えば、東京の人口が過疎の地方と、何らかの「関係」をする活動をしても、人口の増減は無くその活動の数にも制限はありません。東京にも地方にもプラスとプラスの価値が生まれます。
どのような活動や価値が生まれるのでしょうか。島根県は若者を対象に講座「しまコトアカデミー」を2012年から東京で開講しています。この講座によって実際に生まれた「関係人口」が創造した10の活動例が本書で紹介されています。それはお試しプチ移住、二地域居住、同じ地方に何度も通う、地方でイベントを開催、地方での連続講座を遠隔で受講、東京にいながら地方の企業とお仕事、地方企業の東京本社で働く、東京にいながら食で地方とつなぐ、東京で地方を考えるイベントを開く、旅と移住の間を考える研究会をつくるなどです。抽象的な言葉ですが「関係人口」の具体的なイメージがこれらの例でいくらか明らかになります。創造力しだいで可能性は無限と言っても良いでしょう。
この講座「しまコトアカデミー」の副題は「ソーシャル人材育成講座」です。そのコンセプトは、①東京にいながら島根をフィールドに地域を学び、②実際に島根に出かけて体験、③自分と島根の関わり方=コトの起こし方を見つける、つまり学び、体験し、自分ごとにする3ステップの半年にわたる連続7回講座です。受講生が実際に起こした「コト」が上述の10の活動例です。「ソーシャル人材」と呼ぶのは時代の潮流と要請に応えたからです。すなわち都市に住む若い人たちには、社会のために何か役立ちたい、貢献したいという気持ちがあると捉えて、それに応える講座を開設して、その結果島根県を元気にするのです。過疎に苦しむ島根県の主催でありながら、「移住しなくて、いいんです」とはっきり断っています。その明言によって、「目標は移住?」と受講者が躊躇する心理的な高いハードルが無くなります。「移住・定住して欲しいという価値を持ち込むことは、関係人口自体を否定することになりかねません」と本書で述べています。それは講座企画者によるパラダイムシフトを暗示しています。若い人たちの社会貢献という個人的な生きがいの追求の手助けをしながら、講座は結果的に、島根県の活性化という社会目的も目指すのです。
以上に述べたように、この本は思想的に大切な内容を含みながらも、文章は口語調で軽く柔らかく、自然な流れに引き付けられて、私は一気に読みました。この講座が成功(受講生の満足度は100%!)したのは、講座を企画した島根県の人、講座の設置と運営を引き受けた人たちのセンスや人間的な力が大きいようです。この本の内容や構成はそれらの人物を中心に描かれています。島根県「しまね暮らし推進課」の主任で講座を発想した田中さん、時代の先端を行く雑誌『ソトコト』編集長で講座のメイン講師の指出さん、松江市のシンクタンク「シーズ総合政策研究所」社長で講座の企画運営の藤原さん、島根県のNPO法人「てごねっと岩見」のスタッフとして働き、今は浜田市の企画会社「シマネプロモーション」の代表を務め、講座では人をつなげる「魔法」を持つメンターの三浦さんなどのキーパーソンが紹介されています。
本書の中で「てごねっと岩見」の名前を見てふっと思い出しました。昨年12月にこのサイトに「中山間地域の自治機能の再編とコミュニティづくり」の記事を私は掲載しました。コミュニティ政策学会中国地域研究支部が開催した、島根県邑南町口羽地区の取り組みの報告会に参加して、「口羽をてごうする会」などの話を聞き学んでまとめた記事です。昨年この話をされた口羽地区の嶋渡さんや小田さんの創造性やイノベーティブな活動に私は感心しました。彼らのユニークな発想に基づく活動が行政に受け入れられた背景には、それなりの「文化」が島根県に存在していたのに違いありません。革新的な「しまコトアカデミー」が実現した背景にも、島根県の先進的な文化があるのです。その文化は過疎によって追い詰められた、島根県のギリギリの選択から生まれたことが分かりました。
「関係人口」の背景にあるパラダイムシフトは、過疎のトップランナー島根県に限らず、人口減少のニッポンにも必要ではないかと私は思います。次回の記事は、人口減少に悩む縮小ニッポンの課題解決にも、パラダイムシフトが必要ではないかと考えて記事を掲載します。(中島正博)