広島県北広島町溝口二区で農村住民と都市住民の交流活動が実施された。この農村で大きな年間行事の一つに「すね干し」というものがある。すね干しは田植えが終わり、田んぼの中に入る事がなくなり、すねが濡れなくなる事を祝う行事である。この村で毎年の行事は村の人だけで行われてきたが、今年は趣向を変えて都市の若い人を呼んで、田舎体験をしてもらったらどうかという声があがった。北広島町溝口地域は全国の中山間地域の例にもれず、空き家が増えて農村人口も減少している。その地域で新しい動きが始まりつつある。溝口二区の60才代の有志の人たちが立ち上がり、所謂「限界集落」の言葉から響く悲壮的な雰囲気を跳ね返そう、これまで日本の食料供給に貢献してきた高齢者に楽しく生活してもらいたい、という気運が高まったのだ。そのための活動の一つとして、都市の人たちに農村に来てもらい、地区の住民との交流を行っている。
今年の田植え後の「すね干し」には若い大学生に来てもらおうということになり、私が勤めた広島市立大学から学生を招待したい、と私の知人から連絡が届いた。私が元の同僚の教員に連絡をしたら、その教員の呼びかけに応じて学生3人と教員と職員が参加してくれた。お祝い行事は村の人たちが用意して下さったお昼のご馳走を頂きながら、住民の人たちと会話を楽しみながら進んだ。食べきれない量の食べ物の中で、山菜の天ぷらは特に珍しい食材であった。「もっと食べなさい」と勧められながら、私たちはお腹一杯になるまで食事を堪能した。地元の人たちから「また来て下さいよ」、と何度も念を押されながら学生たちはお祝いの場を辞した。その後、広島市へ帰る前のひと時を利用して、集会所付近の畑や道を散策しながら、諸々の植物の特徴を教わりながら、豊かな自然の魅力を楽しんだのである。
このような農村住民と都市住民の交流、高齢農業者と学生など若い人たちの間の交流は両者にとって有益であると思う。農村の住民には昔からのコミュニティはあるものの、「限界集落」というレッテルを張られて、「もう限界」という悲壮感に襲われそうになる。高齢者のみの集落に「活性化」を呼びかけても、彼らだけでやれることは少ない。このような交流は農村コミュニティが活性化する活動の一つになるのではないだろうか。人は人と触れて元気になるので、人びとの交流は都市でも農村でも、今後ますます推進しなければならないと思う。(中島正博)