西日本豪雨の被災と復旧の語り部に代えて~第4回 8月の1カ月間

これまで被災後を1週間単位で注目してきましたが、これから1カ月単位で被災と復旧の経過を追います。今回は8月の1カ月です。中国新聞朝刊から作成した災害関連記事の見出しデータの表を本文末に掲載し、それに基づいて被災から復旧に向けた動向を解説します。8月中旬に、広島県は豪雨の災害対策本部を復旧・復興本部に移行しました(15日の記事、以下同様)。8月も台風が来襲し20号が上陸した際には、広島県東部で避難勧告が出されました(24日)。

前回の「第3回 7月末まで」では、7月6日豪雨時の避難指示によって避難した住民が、非常に少なかった事実を紹介しました。8月に入るとさらに、広島市の避難指示を受けて、市が指定した避難所に逃げた人の割合が、対象住民の3.4%であったことが分かりました(17日)。低い避難率が明らかになるに従い、防災情報の発信のあり方が疑問視されるようになりました。防災メール配信の不備が報道され(1、2、23、25日)、また早めの避難を促す情報発信のあり方が課題になり、議論が活発になりました(3、8、14、22、26、27日)。広島県は避難した人たちに対して、避難の理由に関する意識調査をする方針を固めました(14日)。他方、地元の自主防災会による日頃の活動が、高い避難率に結びついた事例も報じられました(17日)。

8月には鉄道の全線あるいは一部区間の復旧・再開が始まりました。特急やくもの岡山~米子(2日)と錦川清流線の北河内~岩国 (28日)が全面復旧しました。一部区間の復旧は、呉線の海田市~坂再開(1、3日)、山陽線の海田市~瀬野(18日)。呉線の呉~広(21日)、岩徳線の岩国~周防高森(21日)、山陽線の白市~八本松(22日)、芸備線の下深川~狩留家(25)などと続きました。不通が続く山陽線は、山陰線の迂回ルートの代替によって、貨物列車を運行(23、30)しました。広島呉道路で企業の通勤バスが通行可能になり(1日)、バスの迂回が安佐北区口田で解除され(1日)、東広島の白木線が仮復旧し(3日)、国道31号線がバスなどの専用レーンを設け通勤時間帯に運用し(8日)、県道矢野安浦線の安芸区~熊野が復旧し (30日)、海田町の循環バスも再開しました(14日)。しかし、鉄道の不通および道路崩壊によるバス運休の継続などで(2日)、通勤・通学をする市民の心身の消耗は続き(6日)ました。坂町の病院ではスタッフや患者が交通の寸断で来院できない状況もありました(9日)。

水道の断水は県内で180戸に減少しました(4日)。広島県は土砂災害危険地域の20施設について、水道の防災を強化する方針を固めました(29日)。被災後の広島県内のボランティアは7万人を超え(16日)、被災者からボランティアへの依頼作業の5割を達成しました(10日)。ボランティア送迎の船やバスは8月も運行を継続し(4、9日)、ボランティア不足に悩む地域もありましたが(2日)、ボランティアは被災地の復旧に大きな役割を果たし続けます(3、5、15、17、18、28日)。災害ごみや土砂の仮置き場を撤去できず(6、23日)、校庭が使用できない学校もありました。被災地の復旧の過程で破傷風(5日)や結膜炎(15日)の発症事例がありました。

公営住宅の2次募集(1日)、建設中の仮設住宅(6日)、仮設住宅の完成(30日)などが報じられました。家屋再建の施策として、家屋解体費用の公費負担(18日)や無料金融相談(23日)も実施され、流入した土砂を使用する宅地かさ上げの新制度(25日)も2019年度から実施されます。しかし被災地域へ住民が戻りにくい諸事情もありました(6、10、14日)。被災地で浸水により休業した広島市と坂町のスーパーの3店が、住民の生活を支えるために移動販売を強化しました(15日)。復旧が遅れていた坂町では郵便物を1週間まとめて配達し(5日)、呉市や三原市では移動郵便局が開設されました(5日)。外国人被災者に対して言葉の壁を克服する試みもありました(5、8日)。

東広島市の死亡者について、災害関連死の可能性のあることが、被災後初めて報じられました(1日)。東日本大震災や熊本地震の経験から、被災後1~2か月で心的外傷後ストレス障害を発症しやすいことが分かっています。広島県では被災者の孤立防止を目指して、11市4町に被災者ケアの拠点を9月に開設することにしました(2日)。広島土砂災害から4年後のこの8月に当時の被災住民は、カフェで交流を重ねながら、今も必要な助け合いの関係を維持していました(19日)。

明らかになった被災の事実も報道されました。広島県内の土砂災害の死亡者87人の内、半数近くの41人が土砂災害警戒区域で犠牲になった事実が判明し(3日)、今後の施策に大きな課題を残しました。またダムの緊急放流(3日)、土砂流出量や斜面崩壊の件数(3日)、豪雨の規模や原因(10、11日)、墓地の甚大な被害(10日)、農林水産の被害額(18日)、潜水橋の損壊(20日)、警察署や交番の13施設が被災したこと(31日)なども報じられました。

被災した7月の経済の指標や実態が明らかになり、災害が地域経済へ及ぼした影響も多く報じられました(16、22、28、31日)。被災地に対する自粛ムードや酷暑の影響で、宮島への7月の来島者は3割減でした(3日)。復興支援を目的に、観光客の減少に対する種々の観光振興策が打ち出されました。岡山県の観光に宿泊クーポン(1、11日)、国交省が被災3県に宿泊補助(4日)、中国5県でJRの割引きっぷ(24日)、広島のホテルの新プラン(29日)、11府県を対象に「ふっこう周遊割」(29日)、東京都内の買い物客に抽選で旅行券を提供する(31日)など様々でした。

本文の後に掲載した表「記事見出しデータ」から分かるように、以上のほかにも復旧を支援する多くの出来事が報じられました(17、21日)。

(中島正博)

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